ARTIST
BIOGRAPHY
BULLJUN

宮崎県延岡市出身。昼間は学校を抜け出してヒップホップ・ダンスに明け暮れ、夜は地元でも有名なジャズバーに入り浸り、帰り道ではB.D.P.『Bridge Is Over』のメロディを単車の爆音で奏でながらパトカーを煙に巻くという健全な青春時代を経て、高校卒業と同時に単身渡米。当時ニューヨークで最も有名だった某レコード・ディーラー宅の門を叩き、そこで住み込みのアルバイトを始める。レコード掘りとしての確かな目利きは紛れもなくその時期に培われたものだが、踊る側から躍らせる側に回った彼のキャリアは、そんな汗と埃とジャンク盤がむせ返る倉庫の片隅から始まった。>>>


BIOGRAPHY
A.Y.B.FORCE

1997年頃京都に存在した幻のレコードショップB-SIDE RECORDSにて、ある種の緩やかな集合体として結成。2001年1月にDJ LARK & THE FUNK MESSANGERS名義で"THE BADDEST BREAKS & BEATS EP"をリリース。サンプリング・ヒップホップの祖とも呼べる、あのMARLEY MARLからのシャウト・アウトで始まるこの12”アナログ盤は、例えばラベル面にて"MESSENGERS"と綴りを間違えたままプレスされている事が物語るように完全に思いつきの産物に過ぎなかったが、予想に反して東京渋谷を中心に大きな反響を>>>


BIOGRAPHY
ULTICUT UPS!

不特定多数集団ABNORMAL YELLOW BANDのメンバーとして名を連ねる2人―DJ TAHARAと DJ YU-KIによって90年代半ばに結成。 ABNORMAL YELLOW BANDの中でも飛び抜けたポテンシャルを備え、それぞれの持ち味を 活かしたDJイングは地元京都を中心として他方 の行く先々の地域において確実なプロップスを得てきているという事、つまりDJの現 場において研ぎ澄まされたカットアップ コラージュ感性を武器にHIPHOPというジャンルにおいてこれほどまでに最大限のクロ スオーヴァー感を体現しているDJイングは>>>


BIOGRAPHY
DJ JUMBO

慎重190センチを超える,巨体からは想像も出来ない繊細な構成と選曲でその実力を見せつけた 傑作「FUNKY CODE」が彼の処女作、 ULTICUT UPS!やDJ YUUといった、つわものぞろいの京都の老舗パーティー「LESSON」でのレギュラーDJとしても、圧倒的な存在感を持っている。現在は、活動場所を京都から東京に移動したばかり。彼のドス黒いレコードコレクションを。>>>


BIOGRAPHY
LARK CHILLOUT

ULTICUT UPS、DEEJAY MATSUMOTO HISATAAKAA、BULL JUN等それぞれのメンバーの活躍にも定評がある、不特定多数/目的不明瞭のファンキー・サンプリング/カットアップ・コラージュ/ヒップホップDJ集団、ABNORMAL YELLOW BAND(現A.Y.B. FORCE)のリーダー。メンバー全員がそれぞれDJと製作の両方共を行なうこの集合体の中において、長年のキャリアに基づく客観的なセンスと音楽的知識の含蓄、それらに裏打ちされたDJプレイには特に定評がある。そして製作面においては現在に至るまでサンプラー+シーケンサーのみ使用、という徹底した初期のMARLEY MARL的なスタンスを一貫しており、特に単音のサンプリングドラムの緻密なシーケンスと、そこから産まれるファンク感については日本中でも他に類を見ない。


BIOGRAPHY
CHAIRMAN MAO
CHAIRMAN MAO・・・あの中国の政治家?日本では毛沢東の名前で馴染みのあるCHAIRMAN MAO。その名前と同名を持つ男は、かの有名なヒップホップマガジン"EGO TRIP"にも携わるヒップホップ・ジャーナリストとして活躍し、その多彩な書記才能をフルに発揮することで日々このカルチャーをサポートしている。並行して、ヒップホップ業界の人間ならば誰もがインタビューされたいと感じる(或いは広告を掲載したいと感じる)程の有力ステイタス誌、XXLのシニアライターとして記事を毎月記載し(CHAIRMAN'S CHOICE)、今現在メインストリーム、そして非メインストリームを走るアーティスト達からの絶大な信頼を受けている。
そんな彼ではあるが、実は大人の夜をファンキーにコントロールする類い稀なるDJとしても有名である。パーティー好きの娯楽場所として知られる。>>>